『群像』10月号に「思い出を語る、哲学をする」という文章が載っています。哲学は客観的で学術的な議論をするもの、だから個人的な思い出話なんて哲学にならない、みたいな考え方もあると思うのですが、なかには可愛らしい思い出話が哲学の根幹になるような議論もある。
そんな話をしつつ、「トランス哲学」という近年話題になっている哲学分野の話につなげています。トランス哲学についてのまとまった日本語での紹介というのは多くないと思うので、この分野の流通に多少の貢献をできたらなあ、などと考えたりもしています。
大学院生のかたなどはこの分野の議論に詳しいひとも増えてますよね。
