あれこれ日記

趣味の話とか

映画『ミツバチと私』(ネタバレあり)

映画『ミツバチと私』オフィシャルサイト|

公式サイトのあらすじ

夏のバカンスでフランスからスペインにやってきたある家族。

母アネの子どものココ(バスク地方では“坊や(坊主)”を意味する)は、男性的な名前“アイトール”と呼ばれることに抵抗感を示すなど、自身の性をめぐって周囲からの扱いに困惑し、悩み心を閉ざしていた。 叔母が営む養蜂場でミツバチの生態を知ったココは、ハチやバスク地方の豊かな自然に触れることで心をほどいていく。

ある日、自分の信仰を貫いた聖ルチアのことを知り、ココもそのように生きたいという思いが強くなっていくのだが……。

感想

最終日に駆け込みでシネリーブル梅田に行って見てきました! トランスのひとたちがあちこちで褒めている注目の映画だったからか、知り合いが二人も見に来ていました。いつのまにかシネリーブルのオリジナルクラフトビールというのが出ていて、飲んでみたかったけどそれで上映中にトイレに行きたくなっても困るし断念…。

この映画、性別違和を抱えて生きる子どもとその母親を中心に据えた作品ですが、すごくよかったです! よくある「性別違和ストーリー」だと、当人の心理的葛藤や苦痛が語られ、周囲の受容と苦痛からの解放(「自分らしく生きる」の実現)がクライマックスになる印象ですが、本作はちょっと違う感触でした。

大きいのは、当人の心理よりも社会における性別分け実践に焦点が当てられていること。プールに行くだけで性別をしつこく訊かれ、道を歩いているだけで女の子か男の子かと話題にされ、そして生まれたばかりの赤ちゃんでさえ勝手に周囲が性別で名指す。描き方としては「自己嫌悪」の一種として性別違和を語るのではなく、このわけのわからない風習のもとで回る社会への戸惑いが中心になっていて、「わかる!」という感覚が強かったです。

映画の前半でそうしたこの社会の奇妙さを延々と示していき、そのなかでまだ自分の経験していることを言語化できない子どもが苛立ちとストレスを高めている様子がリアルで丁寧な描写に感じました。最初から言語化なんてできないですよね。

後半では、友達になった女の子ニコと養蜂業を営む大叔母ルルデスとの交流のなかで、ココも自分が置かれている状況や感じていることの言語化を少しずつ学んでいき、ルシアという名の女の子として自らを語るようになっていくのですが、このあたりのやりとりは本当に素晴らしかったです。「変わった体の女の子もいる」と当たり前のように受け止めるニコ、ゆっくりと語りかけるようにして言語化を手伝い、本人が経験している通りの存在として接するルルデスが、ココにとってセーフスペースのようになっている感触がはっきりと伝わって、「この子にこういうひとたちがよかった」と感じさせられます。

そして、ラストの行方不明になったココの捜索のシーン! 「アイトール」と本人の望まない名前で呼び続ける人々のなかで、お兄ちゃんが悩んだ末に「ルシア!」と呼びかけ始めたときには涙が溢れ出して、嗚咽が漏れてしまいました。

パンフレットでも「変わるのは本人ではなく周囲」といった話がありましたが、全体としてこの作品はその方向性を貫いているのがいいですね。別にココ=ルシアが作中で大きく変化したりはしていないんです。以前から経験していたことに言葉を得たのと、自分の話をきちんと聞いてくれるひとが現れたのとくらいで。作中でも明示的に述べられているように、変わるのは以前からうっすら気づいていたはずなのに目を背け続けていた周囲の人々で、後半はお母さんを中心にその変化にかなりウェイトが与えられていました。

それにしても、本作を見ていて改めて感じたのは、「混乱しているのは当人ではなく、周囲の人間や社会のほうなのに、周囲や社会が変わらないとその混乱を当人が肩代わりするしかなくなって、それが『性別違和』として現れるのでは」というこたでした。勝手な基準で性別分け実践をしておいて、それにうまく適合しない子がいなかったら混乱して気持ち悪がったり怒ったり矯正を求めたりして、そんなことが起こるから「自分に何か問題があるのか」と苦しみを抱え込むようになり、子どものうちから「死んで生まれ変わったら」といった発想に至ってしまう。みながニコやルルデスのようにその子をその子のまま、その子が表明するように理解していたならば、普通ににこにこと幸せに暮らせるのだろうに。

私も最初に「こんな人生、生きていても仕方がない」と思ったのは幼稚園、初めて自殺を考えたのは10歳くらいのことだったので(生まれ変わりの話にも興味を持ってあれこれ読んだりした)、いろいろ思い出してしまいました。

多くのひとに見てほしいし、そしてできたら(一度目は難しくても二度目で)作中で描かれる社会がココ=ルシアにはどのようなものとして経験されているのかを追体験してみてほしいです。