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八目迷『ミモザの告白』(4)(ガガガ文庫)【ネタバレあり】

ミモザの告白 | 書籍 | 小学館

高校生の男の子咲馬と、その幼馴染のトランスの女の子汐を中心とした高校生たちの青春を描く作品の第4巻。

1巻では汐のカムアウト&トランジションと咲馬を筆頭としたクラスメイトたちの戸惑いと受容が語られ、2巻では文化祭で演劇に挑むふたりの話が展開して、3巻では汐のトランジションを受け止めきれない元部活仲間とひとりのクラスメイトとの関係が扱われての、4巻目です。今回も「受け止めきれない」ひとの話ですが、以前からちらほら話題にはなっていた汐の妹の話と、そして汐と咲馬が新しい関係を探る話とがメイン。

この小説、あんまり周りで話を聞かないけどすごいと思うんですよね。何がすごいって、トランジションというものの実態を描いているように思うんです。

「これから女性として生きる」とカムアウトし、服装やらを変えていくという感じのトランジションストーリーはよくあるけれど、たいていはそれで「自分の性別で暮らし始めてよかったね」で終わってしまう。でもこの小説では1巻でそのあたりのありがちな話は一通り終わるんです。

では2巻以降は何をしているかというと、汐との交流のなかで周りのあり方とそれに基づく社会的な関係がゆっくりと、たまに歪みや衝突を生じさせながら変わっていく様子が描かれている。実際のトランジションって、こういう長期にわたる社会的関係の変化が主たるものだと思うんですよね。宣言とか服装の変化とかだけで終わることなどではなく、むしろそこから周囲が変わり、当人が置かれる位置付けが変化していくことが本番というか。

本作は2巻以降それを描き続けていて、それに加えて場合によっては「理想的ではないけれど、ひとまずうまくやっていくための社会的な交渉をする」みたいな様子さえ伺えるようになっている。今巻ではどうしても理想的な優しい「お兄ちゃん」が女の子だったと受け入れられない妹との衝突ののちに、関係はある程度修復するものの汐が「お兄ちゃん」予備を許容し、その理由のひとつに「どうせ大学に進んだら実家を出るのだから、それまでの我慢」といったことも打ち明けられていて、トランスの生ではこういうことがよく起きるよね、と感じたりします。

まあ、私はもうトランジション歴が長いので、慣れてくれないひとは私の人生から退場していき、いまや普段の生活ではほとんどトランスだと意識する機会もないですが…。

汐を魅力的な女の子として描き出そうとしつつ、けれどもステレオタイプな(トランスの)女の子にするのを避けている点も、とても好感を持ちます。一人称は「ボク」、喋り方もわざとらしい「女言葉」みたいなのはぜんぜん使わず、むしろどちらかというと淡白でややボーイッシュな喋り方をしていて、運動が好きで、部屋は殺風景で、…と、「女らしさ/男らしさを追求したがるトランス」みたいな偏見に真っ向から立ち向かいながら、本当に素敵な女の子なのが素晴らしいです。

そのあたりの描き方だけでなく、あとがきや挙げている文献などを見ても、人権に関わる問題へのコミットメントがかなり明確な作者さんで、その点でも安心感が高いと感じます。

次の巻で最後らしいですが、作者の八目さんの気が向いたらたまにその後の短編集とか出して欲しい…。