あれこれ日記

趣味の話とか

トランスガールが世界を救う(Sovereign)

April Danielsさんのヒーロー小説シリーズ第二弾Sovereignを読みました!

Amazon.co.jp: Sovereign (Nemesis) (English Edition) 電子書籍: Daniels, April: Kindleストア

(公式サイトがわからなかったのでAmazonリンクです)

前作の振り返り

第一弾のDreadnoughtについては以下の記事で語っています。

最強ヒーローvsスーパーヴィラン&家父長制&ミソジニー&トランスフォビア(Dreadnought) - あれこれ日記

前作で最強のヒーロー〈ドレッドノート〉から力を受け継いだトランスガールのダニー。前作では、力に戸惑ったり居場所を失って苦しんだりしながら先代ドレッドノートを殺害したヴィランユートピア〉に立ち向かい、新たなドレッドノートとしての始まりが描かれていました。

その能力は「世界を構成する〈格子(ラティス)〉が見え、それに触れたりできる」というもの。強すぎますね…?

でも、作中である意味ではダニーは「すごく弱い」んですよね。初めは両親に打ち明けられず、トランジションを始めることさえできないまま、抑圧的な父に怯えながら、ひっそりとペディキュアを塗るだけで心を慰めていたダニー。最強ヒーローの力を手にして、その力の影響で本当の自分の姿と思える体へと変身することはできたけど、それでもなお、心に刻まれた傷と打ちのめされてきた記憶は変わらないんですよね。世界でいちばん強くなったのに、両親に捨てられて帰る家をなくひとり泣きながら野宿をしているシーンとか、めちゃくちゃ辛いです。

前作でダニーは憧れのヒーロー連盟〈レギオン・パシフィスタ〉に招かれるものの、子どもであること、そして何よりトランスであることによって歓迎されず、なかでも強烈な反トランス思想の持ち主〈グレイウィッチ〉はダニーを移行前の名前で呼び、男扱いし、ひたすら攻撃し続けます(デッドネイミングとミスジェンダリングと言います)。かろうじて安心できるのは、先代ドレッドノートの死の現場で出会ったヴィジランテの女の子サラ(〈カラミティ〉)とレギオンの頭脳担当ドクター・インポッシブル、ダニーが憧れる女性ヒーロー〈ヴァルキュリア〉くらい。

そんななか、史上最強のヴィランが〈ユートピア〉というヴィランの体を借りて復活しようとしていることが判明し、ダニーはサラとともに孤独な戦いに挑んでいきます。

今作(前作のネタバレも)

さて、今作では、前作のヒーローたちの傷ついた姿から始まります。アンドロイドのドクター・インポッシブルはユートピア事件の際に体を乗っ取られて、あろうことかレギオンのほとんどのメンバーを殺害させられてしまい、その記憶に苦しみ、アルコール依存症になっています。ほかに居場所がないダニーはドクター・インポッシブルとともに暮らしているものの、ヒーローとしての仕事、メディアへの対応とストレスを抱え、ドクター・インポッシブルとも関係が悪化しています。

サラとの関係も複雑に。前作のラストで片腕を失ったサラ。ダニーはそのことに責任を感じるとともに、だんだんとサラへの恋心が募っていき、以前のように一緒にヒーロー活動をしづらくなってしまっています。サラもまた、何かちぐはぐな様子を見せている。

ギオンはほとんど壊滅して、ドクター・インポッシブル以外に生き延びたのは〈マグマ〉というヒーローとグレイウィッチのみ。マグマはドクター・インポッシブルへの怒りを抑えられずにレギオンから離れ、グレイウィッチはヒーローとしての身分は保ちつつほぼ仕事はしていません。

ダニーは両親や周囲から価値がないものと見なされてきた日々を胸のうちに抱え続け、いきなりアンバランスなパワーを手にしたせいで、強いヴィランに力をぶつけるというのをストレスの捌け口にしてしまっています。

みな、すごく深く傷ついている。

こんなぼろぼろの状態のなか、なんと今作では、世界中の人々から力を奪ったり、任意のひとに力を与えたりして世界を支配しようとするとんでもないヴィランが現れます。その一方でダニーは両親との縁を切るための裁判もしていて、あろうことかグレイウィッチが自分を苦しめるために有能な弁護士を雇って両親側のサポートをしていることを知ってしまいます。プライベートでも危機的状況で、世界もどうしようもなくなりかけている。今作ではここから、傷ついたダニー、サラ、ドクター・インポッシブルに、前作でもサポート役として出てきた若手魔法使いのチャーリー、新キャラの〈キネティック〉が改めて手を取り合い、新たなヒーローチームとしてスタートする姿が描かれていきます。

キネティックはなかなかいいキャラでしたね。資本主義に批判的なイラン系アメリカ人のジェンダークィアの若者で、代名詞はthey/them。雷の力を溜め込んで放ったりします。キネティックを中心に、白人の美しいトランスガールであるダニーが「トランスの受容」の名の下に白人中心主義や資本主義に利用されているということへの批判なども展開されていたりします。ダニーは最初のトランスヒーローではなかったのに、有色人種のトランスの歴史はなかったことにされて、ダニーが「最初のトランスヒーロー」と呼ばれ続けている、などの話も出てきます。

そして、とんでもない最終決戦。トランスガールが主人公で、魔法を使うトランスヘイターが敵に回って…、と言われると想像はすぐにできるような展開ですが、戦いの規模が凄すぎてびっくりしました。そして被害もすごい。

今回は、ヒーローたちの再出発がテーマとなっていましたが、それとともにダニーとサラの関係も新しいスタートを切ります。このあたりも読んでいてきゅんきゅんしますね。

ヒーローものであり、トランスガールストーリーであり、百合小説であるSovereign、おすすめです。日本で読んでるひとはたぶんそんなに多くないと思うので、あんまり語り合う仲間がいなくて(というかひとりもいなくて)、仲間がほしいです。

次回作で完結予定らしく、でもぜんぜん出る気配がないのですよね。いちおう2020年くらいにも「いま書いてます」と著者は語っていたらしいですが…。作中最大の問題はまだ表に現れてきてさえいないので、無事最後まで出版されてほしいです。