あれこれ日記

趣味の話や哲学のこと

Schuyler Bailar (2023), He/She/They, Penguin Books

https://www.pinkmantaray.com/he-she-they

とてもいい本でした。

著者のバイラーさんは大学に入ってから性別移行をした男性。高校時代は女子水泳部で活躍し、ハーバードに水泳の特待生として入学し、性別移行後は男子水泳で泳いでいたというひと。韓国系移民3世でもあり、父親が白人のミックスレイスでもあります。本書はそんな著者の視点から、トランスジェンダーであるということについて、性別移行について、インターセクショナリティについて、トランスジェンダーとスポーツについて(激しい攻撃にさらされているリア・トマスさんと友達らしい)、著者の目から見た男性性について、内面化したトランスフォビアについて、アライであることについてが語られる内容になっています。

各地で多数の講演をしているだけあって、シスジェンダーの読者のこともトランスジェンダーの読者のことも、いずれもかなり意識した筆致で、誰にとってもお勧めできる本だと思います。トランス的には、男性性、特に子ども時代を女性として扱われて過ごした著者が男性特権といかに向き合うかという話や、いかに自分自身のトランスフォビアと付き合い、トランスジェンダーである自分を祝福するかという話が面白かったです。胸オペの手術痕を消したいと思わないというあたりとか。

たぶんトランスジェンダーのことをよく知らないひとには、基本的な用語の説明や性別移行の実際、ジェンダー肯定医療の解説、スポーツの話、アライであるためにはどうしたらいいかという話が、興味も引き、参考にもなるのではないでしょうか。

この本は、『トランスジェンダー入門』の次に読むくらいのものとしてちょうどよさそうに思います。『トランスジェンダー問題』は社会運動としてのトランスジェンダーの人権回復運動が他の運動とどう関わるかというのが主軸になっていたのに対し、こちらはトランスジェンダーである個人(友人、家族、同僚)とどう向き合うかやトランスジェンダーである個人がどうこの社会で生きていくかがメインなので、そのあたりをちょうど補う本にもなっているかと思います。翻訳が出てほしい。

特にジェンダー肯定医療に関しては日本語では情報がかなり壊滅的で、否定言説は山ほど見つかるけど専門機関や専門家による基本的な解説さえ翻訳されず、日本語ではほぼアクセスできないありさまなので、この本が翻訳されると助かるひとがたくさんいそうです(もちろん医療の話については専門的な本や論文が訳されたほうがさらにいいのですが)。