あれこれ日記

趣味の話とか

最強ヒーローvsスーパーヴィラン&家父長制&ミソジニー&トランスフォビア(Dreadnought)

ヒーローものが好きです。MCU作品を映画もドラマも全部見て、Marvelのサブスクにも入っていて、スパイダーマンのゲームをしたりして、DCのほうもハーレイ・クインバットマンの映画は見たりしているし、ジョンくんのほうのスーパーマンのコミックも買ったりしているし、それに『僕のヒーローアカデミア』なんて一巻からずっと追っているだけでなく連載で取り上げるくらいに好き。

キャプテン・マーベル、ミズ・マーベル、アイアンハート、ホークアイスパイダーマン、スパイダーウーマン、シーハルク、ハーレイ・クインバットマン、スーパーマンワンダーウーマン…、かっこいいヒーローたちはたくさんいるけれど、でもそのなかにトランスジェンダーはほとんどいません。主人公格で、しかも描写が「まあ所詮はシスジェンダーの想像だよね」と思わせないくらい説得力があるものとなると、私が思いつくのはMarvel's Voices: Prideで登場したEscapadeと、Altersという漫画(マイナーで巻数も少ないけど、おすすめです)の主人公Chaliceくらい?

でも、それって寂しくないですか? 物語内で世界が危機に陥ったときにそれを救うのは99.9%シスジェンダーだったとしても、0.1%くらいトランスジェンダーの主人公が力いっぱい活躍して、その手で世界を、人々を救う物語があってもいい、いや、「あってもいい」どころかそれこそが見たいんだ、って思いませんか? その夢を叶えてくれるのが、April Danielsの小説Dreadnoughtです!

Dreadnought - Diversion Books

この物語の主人公は15歳で、まだ周りに打ち明けることも移行を始めることもできずにいるトランスの女の子ダニエル・トーザー。親とかから呼ばれる名前はDanielでaにアクセントがあるのですが、自分が名乗るときはDanielleでeにアクセントが付きます。愛称はダニー。

ダニーは、自分の性別を誰にも告げられず、けれど男の子として生きなければならない日々の苦痛に耐えられず、こっそりと遠くのお店でネイルポリッシュを買って、誰にも見られない足の爪を塗ることで、ほんの少しだけ心を慰めるということを習慣にしています。ある日、いつものようにびくびくしながらネイルポリッシュを買った帰り道、突然目の前に男のひとが落下してきます。それはドレッドノートという、現役最強ヒーローでした。あろうことか、その最強ヒーローが目の前で穴の空いた胸から血を流し倒れている。ドレッドノートはそれが「ユートピア」を名乗るヴィランの兵器によってつけられた傷だと告げ、最後にダニーに自らの力を託して息絶えます。ドレッドノートの力をもらったダニーの体はその瞬間、変調をきたし、気がつくとダニーの体はずっと望んでいた体、「本当の自分」だと思えるフェミニンな体へと変化し、そしてその内には最強ヒーロードレッドノートのパワーが宿っていたのでした。

本作は、いわば新生ドレッドノートであるダニーのオリジンストーリーです。ダニーの得た力は凄まじく、この現実世界の背後にある〈格子〉を認識し、それを使って空を飛んだり、凄まじいパワーを発揮したりします。世界が〈格子〉で見える場面、きっと映像映えするから映画化してほしい…! でも、この小説の核は、能力は最強で、外見はモデルのような美少女になったダニーが、それでも凄まじい差別に心を砕かれなければならないということ、そしていかにダニーがそれに立ち向かい、最後にはトランスであることも堂々と表明する最強ヒーローとして人々の前に立つようになるのかという、その成長譚にあります。

ドレッドノートの力を受け継いだダニーは憧れのヒーロー連合Legionに招待されるも、トランスジェンダーであることをよかれと思ってアウティングするひとがいるかと思えば、それを受けてダニーを罵倒するヒーローもいる(後者はネットでもよく見かけるTERFやGCFと呼ばれるひとたちの思想をモチーフにしたような発言を連発します)。最初その力を手にしたダニーは、自分も憧れのヒーローたちと一緒にヒーローになれるのかと期待するのですが、あっさりと夢は打ち砕かれ、ヒーローたちへの疑念を抱いて帰ることになります。

家庭や学校でも休まることはありません。保守的な両親は、あろうことかダニーを医者に見せて性別不合の診断を得ることでテストステロンの注射をしてダニーを「男に戻そう」とします(スーパーパワーを持つダニーに針なんて効かないのですが)。ダニーがフェミニンな様子を見せるのには猛烈に反発するのに、勝手に体がフェミニンになったと聞くと診断を得てまでホルモン治療をしようとする様子は、辛いけれど皮肉が効いています。両親はフェミニンな姿になったダニーを人目に晒すまいと、学校などにも行かせず家に閉じ込めようとします。

それを抜け出して学校に行っても、ダニーに安息のときはありません。信頼していた親友は、ダニーの(風変わりな)トランジションを知るや、一方では「お前は女じゃないから俺の気持ちがわかるだろ?」とダニーを男扱いしながら一方では「だから俺と付き合おうぜ」とダニーを女として求め始め、下心満載の目をダニーの胸に向けたりしつつ、それにダニーが怒りを表明すると「気色悪いオカマが」などと言い放つ。トランスミソジニーの煮凝りみたいな奴ですね。ダニーは最強のパワーを持っているはずなのに、こうしたミソジニーやトランスフォビアには打ちひしがれるしかなく、居場所を持たないまま、ひとり空を飛び、雲の上で涙を流したりします。

そんなダニーでしたが、ひとり、信頼できるひとに出会うことになります。それはドレッドノートの死の現場にも居合わせ、そして偶然にもダニーの同級生でもあったヴィジランテ的駆け出しヒーロー〈カラミティ〉です。カラミティはダニーをヒーロー活動に誘い、そしてユートピア捜索へと連れ出しながら、次第にダニーにとって数少ない心を許せる友人になっていきます。カラミティは一見すると普通の女の子なのですが、祖先に加えられた人体実験の結果、だいだい強靭な体を持って生まれるという一族のひとりで、エリートアスリートを超えるような身体能力を持っています。武器は2丁拳銃

物語はこの二人を中心に展開します。宿題をしたりしつつ、夜になると一緒にユートピア捜索に出かけて、そのなかでバイクに乗るカラミティと空を飛ぶダニーがいろいろ語り合ったりしていて、この二人の関係が本当にいいんですよね。

やがてユートピアはかつてない大きな事件を引き起こすことになり、ダニーはミソジニーやトランスフォビアによって孤立していきながら、それでも人類を救うためにドレッドノートの名を背負って立ち上がることになります。最初にダニーがドレッドノートを名乗る場面、めちゃくちゃ熱いのでぜひ読んでほしいです。

この作品、最初は「理想の姿に変身」というのが、ちょっと不安だったのですよね。だって、理想でない体といかに向き合うかが私にとって身体的なトランジションの中心テーマだったので。それをすっ飛ばしていきなり理想になられてついていけるかな、と。

でも、実際はそのあたりこの作品はかなり工夫していると感じました。完全なパス度を誇る外見でもトランスジェンダーだと知っているひとからはトランスフォビアやトランスミソジニーを向けられること、外見を周りから好ましい(シス的なもの、あるいは「魅力的なシス」的なもの)ものにしたところでトランスだと知っているひとからはシスジェンダー扱いなんてされないことを描く。その一方で、ダニーの体は内面的には実はそこまで「理想」ではなくて、性染色体はXYだし、体内では変形した睾丸がエストロゲンを分泌しているとされている。ヒーローたちの専属の医師ドック・インポッシブルから「子供を産んだりはできないね」と言われて、ショックを受けて「本物の女の子になったと思ったのに」と泣き、インポッシブルに「出産機能なんかで女は定義されない。きみは体が変化する前からとっくに本物の女の子だ」と言われたりもする。シスジェンダーの女の子とまったく同じではないのですよね。

結果的に、社会的にも身体的にもシスジェンダーと同じにはなれず、そこを突いて攻撃してくるひとも周囲にいるなかで、それでもトランスジェンダーとしての自分を受け入れること、そしてスーパーヒーローとしての自分自身を見出すことがともに描かれていくストーリーとなっています。

ダニーがトランスフォビアに打ちひしがれてはそれでも誰かを救うために立ち上がり、ひとりぼっちになったりぼろぼろになっても戦う、これはもうスパイダーマンとかバットマンとかデクくんとかにも見られるまさにヒーローの姿そのもの。世界を救うトランスガールの物語を、祝福とともに見届けてほしいです。

本当に本当に、翻訳が出てほしい! この小説が必要なひとがたくさんいると思っています。