あれこれ日記

趣味の話とか

グウェンプールの目標探し(The Unbelievable Gwenpool (2016)、Gwenpool Strikes Back (2019)、Love Unlimited: Gwenpool (2022)、Marvel’s Voices: Pride (2023))

グウェンプールというキャラが気になりまして、ちょうどタイミングよく体調を崩してぐったりしていたのもあり、あれこれ読んでみました。West Coast AvengersとかChampionsとかにも出ているらしいですが、そのあたりはまだチェックできていません。

グウェンプールについては、友達からグリヒルさんの描くこのキャラクターが可愛いという話だけは聞いていたのですよね。でもそのときはMs. マーベルに夢中だったし、そのあとはSpider-verse関連を追いかけたりしていて、けっきょく最近までぜんぜんちゃんと読む機会がないままに来ていました。で、グウェンプールが出ているとも知らずに読んだMarvel's Voices: Pride (2023)で初めてこのキャラに出会い、「なんて可愛いんだ!」と俄然興味が湧いたのでした。

まずグウェンプールとは何者なのか、私の知っている範囲で。

グウェンプール(Gwenpool)は、本名がグウェドリン・プール(Gwedolyn Poole)、ニューヨーク出身の10代の女の子です。名前からも想像がつくように、もともとはスパイダーグウェン(ゴーストスパイダー、映画『スパイダーバース』シリーズでも大活躍)のヒットにあやかって、いろいろなバージョンのグウェンを作ってみるという企画で、デッドプールっぽいグウェンとしてイラストが描かれたというのが始まりみたいです。それが人気になったため、Howard the Duckに出演し、さらにソロ企画もできて、……という流れみたい。Howard the Duckのは、The Unbelievable Gwenpoolにおまけみたいについていた、ブラックキャットから盗みを働く話でしょうか?

ともあれ、グウェンプールは名前こそ似ているものの、よく知られているグウェン・ステイシーとはだいぶん違ったキャラです。なんとこちらのグウェンは、私たちも生きるこの現実世界(もしくはそれに非常によく似た世界)にいた女の子だとされています。高校を中退し(このあたりの経緯についてはまたあとで)、仕事もうまく見つからず、ほとんど部屋に引き篭もるようにしてゲームと漫画の世界にはまり込んでいました。特にマーベルコミックの大ファンで、マーベルグッズに囲まれ、かなり古いものも含めて手広くマーベルコミックを読んでいます(デッドプールはあんまりらしいです)。そんなグウェンが、理由もよくわからないままにマーベルコミックの標準世界であるアース616に飛ばされてしまう。当初はスーパーパワーもなく、戦闘技術もなく、あるものはマーベルコミックで得たマーベル知識くらいという状況で、グウェンはアース616で生きていくことになります。

そんなわけで、ネタバレしながら語ります!

The Unbelievable Gwenpool

The Unbelievable Gwenpool (2016 - 2018) | Comic Series | Marvel

これが本当に、本当に面白かった! グウェンはアース616に現れつつも現実世界の記憶を保っているので、自分以外の登場人物をフィクションキャラクターだと認識し、自分だけが「本物」の人間だと考えているんですね。そのなかで、①どうやってこの世界でやっていくか、②自分の好きな世界にこれたこの機会を活かしていかに楽しむか、といったあたりが最初の行動原理になっていきます。マーベル世界で単なるモブとして使い捨てられないようにするために、特殊能力も何もないのにヒーローっぽいコスチュームだけ手に入れてモブではあり得ないキャラになる、という発想がもう楽しいです。他方で、最初のグウェンはかなり倫理的には破綻しているというか、読んでいてちょっと引くくらいに周りのひとの命や心を顧みない振る舞いをしているように見えます。後々にグウェンがGTA的なゲームを、モブキャラを平気で殺害するような仕方でプレイしていたと匂わせる描写もあるので、たぶんそういう感覚でやっていたのでしょうね。

で、そんなグウェンなので、ヒーローになるつもりがあれよあれよといううちに、ヒーローどころか有名ヴィランのモードックの手下になってしまいます。でも意外と和気藹々とほかの手下たちと仲良くなってやっていくのですが、悪の組織のお給料をもらうにも社会保障番号がないといけない(アース616出身でないグウェンは持っていない)など、けっこう世知辛いです。ソー(ジェーン・フォスター)に追いかけられたりしつつも、咄嗟にマーベル知識を駆使して相手の正体を知っていると示してその場を切り抜けたりします。名前がなかなか出てこなくて「えーと、ナタリー・ポートマンがやってる……」とか考えているあたりは笑ってしまいます。ドクター・ストレンジベネディクト・カンバーバッチの名前を知るシーンとかもあります。

こんな感じで、基本的にはコメディテイストで、フィクション作品だとわかっているからこそ大胆に振る舞い、ピンチになったらマーベル知識を使って大暴れするグウェンを眺めるというのが本作の序盤なのですが、だんだんとそれではいけないとグウェンも気づいていきます。放っておいたらヴィランみたいになってしまう。ちゃんと正しいことをしても周りのひとを傷つけたりして、ひとが離れていく。

そんなふうに悩むなか、現実世界からグウェンとともに弟のテディも飛ばされてきていたと発覚し、事態が大きく変わっていきます。テディに導かれて現実世界に帰り、グウェンは両親に説得されて映画館で働くようになり、少しずつマーベル世界から離れていく。でも、どこかそれがおかしいと感じる。次第に、自分の周りにモノローグのボックスが見え始めるようになり、「やっぱりこれもコミックの世界のなかなのではないか」と気づいたグウェンは、なんとコマや吹き出しを認識し、コマの外に移動したり、吹き出しや効果音を触ったりできるようになります。この辺りの展開はベタでもありつつ、かなり熱いです。現実に見えた世界をグウェンが両手で破り捨てるシーンがかっこいい!

そして物語はコミック世界で生きるグウェンの実存へと焦点をシフトさせていきます。もはや単に自分がコミック世界にいると認識できるだけでなく、コミックの枠=コマから離れてメタ的な世界に行くことさえできるようになったグウェンは、自分が主人公のこの物語がいつまで続くのかさえ見てとれるようになってしまう。スーパーヴィランとしてスパイダーマンなどを敵にまわして暴れ回れば、人気ヴィランになってコミックが続くらしい。でも、周りのひとを単なるフィクションキャラクターとしてしか見ていなかったころと違い、いまやグウェンは周りのひとが傷つくことも気にしてしまう。けれどヴィランにならずに人気が得られなければコミックが終わる。そして、現実世界に帰れないグウェンには、自分が登場するコミックの終わりが、すなわち自分という存在の終わりを意味する。終わってしまうのは怖い、でもヴィランにももうなりたくはない。この葛藤を抱え、けれど周りにグウェンと同じ視点を持つ仲間がいないから相談しようにもうまくいかないというなかで、いかにThe Unbelievable Gwenpoolに生きる自分自身を肯定するかというのが、最後のテーマとなっていきます。この最終号が本当に素晴らしいので、ぜひ読んでほしい。

Gwenpool Strikes Back 

Gwenpool Strikes Back (2019) | Comic Series | Marvel

その後、ロケットやグルートと何かしたり、ウェストコーストアベンジャーズに関わったりいろいろあったらしいのですが、その辺りは読んでいないのでよくわかりません。で、そのせいかもしれないのですが、Gwenpool Strikes Backの出だしはけっこうショックでした。だって、ヴィランとしてキャラクターとしての延命を図るという方針を捨てたと思っていたグウェンが、いきなり銃を持って銀行を襲い、その場にやってきたスパイダーマンのマスクを剥がそうとしたりするんですから。その後もデッドプールと組んでファンタスティック・フォーのリード・リチャーズの家に侵入したり、いきなりマーベルヒーローたちを集めてデスゲーム的なことをしようとしたり、やっていることがわりとがっつりヴィランっぽい。

でも、今作でもあとのほうになると以前と同じような実存上の危機をグウェンが経験しているのがわかります。放っておいたら自分がいなかったことにされたりしてしまいそう。でもこの世界がコミック世界だと話しても誰も相手にしてくれない(親身になってくれるMs.マーベルさえそれに関しては信じてくれない)。いつできた能力かあんまりわかっていないのですが、いつの間にかコマ外でコミック世界内の現実改変さえある程度できるようになり、かなり特殊な存在になりつつも、やっぱりコミック世界の住人になってしまい、売上や作者の思惑に生存が左右される身になっていること、そして何よりもグウェンだけがそれを認識できることがずっとグウェンにとって大きな困難となっていることがわかります。最後にちょっと驚く展開をするのですが、何かにつながっていくのでしょうか?

Love Unlimited: Gwenpool

Introducing Marvel’s Infinity Comics | Marvel

Infinity Comicsというオンラインコミックのコレクションがあるのですが、Love Unlimitedはそのシリーズのひとつ。いろんなマーベルキャラを「恋愛」という面にフォーカスして描くものとなっています。もともと異性カップルだけでなく同性カップルも積極的に取り上げていて、読みやすいし、けっこうおすすめのシリーズです。

で、その43号から、なんとグウェンプールが主役のエピソードが始まります。初めてのウェブコミックということで、自分がウェブコミックにいると認識して、インターネット世界の情報も見れるようになり、「え、Covidってなに? なにがあったの?」とか言っているグウェンが可愛いです(グウェンはもう現実世界を離れて数年経つので、コロナ禍を知りません)。

グウェンプールは今作で、「蝶が羽ばたく」(英語で恋に落ちてきゅんとなる感覚をそんなふうに言ったりします)瞬間を探ろうと、グウェンがロマンティックだと感じるシチュエーションをあれこれ試していきます。このあたり、現実改変がもはやお手のものとなったグウェンらしいやり方で、もともとお気に入りだったキャラや自分の思い描くシチュエーションに都合のいいキャラとの出会いを自分で演出したりします。ただ、マーベル世界に来て以降に起きた出来事については作中世界のひとと同じ程度にしか知らなかったりしますが(これ、この後も続くとだんだん知識が追いつかなくなっていきそうだけど、どうするのでしょうね?)。手も触れられないプラトニックな恋愛ならきゅんとするのでは、二人の男性が自分をめぐって争ったらどうだろう、いや男性ではなく女性にこそきゅんとするのでは、とあれこれ試していくのですが、次第にグウェンは好きになる相手とも「恋人らしい」キスやその他の身体的接触などを望まない自分に気づくようになっていきます。そんな自分に途方に暮れるなか、アセクシュアルコミュニティに連れて行かれ、それまで知らなかった「アセクシュアル」という概念に触れ、アロマンティック/アセクシュアルとしての自分を確立していくことになります。

高校時代のグウェンのエピソードがかなり辛いのですよね。中学まで友達もろくにいなくて、高校で初めてオタク仲間みたいな友達ができ、居場所を得た。でも、周りのひとはどんどん「恋人」になっていって、自分はずっとこれまでと同じ友達グループでいれたら幸せだったのに、周りが勝手に恋愛のほうへと落ちていくせいでひとり取り残されてしまい、居場所がなくなって高校にも行けなくなり……。そんなグウェンがアセクシュアルコミュニティで話を聞きながら段々と「それ、私だ!」「わかる!」と自分の属すコミュニティがここにあることに気づいていく場面がとてもいいです。こうしてグウェンは、たぶん決して数の多くない、作中で明確に自分自身がアロマンティック、アセクシュアルであると明言するキャラクターになります。

Marver's Voices: Pride (2023)

MARVEL'S VOICES: PRIDE 1 (2023) #1 | Comic Issues | Marvel

というのを読んで改めてのMarvel's Voices: Prideですよ! 読み返すと冒頭で「やあ、グウェンプール信者のみんな! 人生の新しい目標ができたグウェンだよ!」などと読者に呼びかけているグウェンの姿がめちゃくちゃしんみりきますね。モブになりたくないからヒーローを目指す、コミックが終わって存在しなくなるのが怖いからヴィランになる、などというかたちで人生の目標を定めていたグウェンが、新しい目標を手にしたのですから。しかもそれが「マーベル・ユニバースのAce(アセクシュアル)アイコンになる」で、アセクシュアルのひとが読んで「ちゃんと私たちに目を向けている」と思えるようなアイコンになるために頑張るとか言うんですよ。そして生き生きとプライドパーティを企画する。

最初に読んだときには「可愛いキャラだ!」「プライドコミックにアセクシュアルキャラが!」と思っていたくらいだったのですが、これまでの経緯を知ると「あのグウェンプールが新しい道を歩き始めている!」と嬉しくなりますね。それに、カムアウトしたあと、特に一定以上の影響力があるひとが同じコミュニティに属しつつ自分ほど特権的でないひとたちのことを考えて自分の特権を使おうと決意するって、けっこうマイノリティ有名人にある話だと思っていて(與真司郎さんのカムアウトのときの発言とか、そういう感じでしたよね)、グウェンがその道を進もうと決めたこと、そして「ページが尽きてしまう」と苦悩していたときより生き生きとしていることに感動してしまいます。

 

マーベルコミックなので、今後誰がどういう文脈で書くかによっていろいろ性格とかは変わったりもすると思うし、これからどういうふうにグウェンプールというキャラクターが生きていくのかはわかりませんが、ともあれ、本当にすごくいいキャラです。MCUデッドプールやらXメンやらファンタスティック・フォーやらが合流するらしいし、どこかのタイミングでディズニープラスで連続ドラマ化からの集合映画に参加とかというかたちで、グウェンプールも出したりしてほしいですね。